農情人:食と農の現地情報を発信

農村に訪れたときの体験記や食・農業について綴る

10957日

自分は今日から30代に突入した。。。

 

30歳というと、「三十路」「アラサー」のような言葉に象徴されるように、人にとって一つの境目となっている。

しかし、30年を日数に換算すると「10957日」であり、かなり中途半端な日数となり、むしろ、生まれてから10,000日を過ぎていたことに驚く。

日数に換算すると中途半端ではあるが、やはり、30歳という節目は意識せざるを得ない。

30歳を超えると、体に変化が起こったり、周りからの見る目が変わったり、変化を次第に恐れるようになったりするイメージがある。

一番の極めつけは「人生は20代で決まる」という本を出版されているメグ・ジェイの言葉である。 

「things you can do for work,for love, for your happiness, maybe even for the world.」
※20代は仕事 恋愛 幸福に関して そして場合によっては 世界への貢献の可能性さえも 決めるのです。

 

気付けば。

20代という人として重大な決断する日々を経て、今の自分が存在している。

確かに、20代の10年間を振り返ってみると、転機ともいうべき、良いことも悪いことも含めて人生を変える出来事がいくつかあった。

お陰で良くも悪くも10代からは価値感が大きく変わった。

 

最初の転機は20歳になった翌月の9月に訪れた。

スタディツアーを通してタイの農村へ行き、幸せと貧困のはざまに生きる人たちと出会い、東南アジアの農村に強い興味を持ち始めた。

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「農村でお金さえ稼げれば、雇用さえ創出できれば」

20歳に満たない若い女性たちがリスクを冒して都市へ出稼ぎに行く必要さえなくなる……そんな想いを胸に大学時代はアジアの農村で活動するNGOに参加した。

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いくつかのNGOで活動する中で、想いだけで行動するのは不十分。

もっと、知識を得なければという衝動から、イギリスの大学院で農村開発学を専攻した。

卒業後はNGOや開発コンサルタントに就職し、東南アジアの国々で働くことを目標としていた。

しかし、次の転機はイギリスの大学院で出会った師匠のアドバイスによるものである。結果的に民間企業に就職するという、今後の人生を大きく変える意思決定を下した。

入社した当初は東南アジアの農村で雇用を創出するという野望から大きくかけ離れた経理という仕事に辟易し、辞めることも考えた。

転機は入社1年目の終わりに訪れた。

植物工場という農業の最先端技術で世界を変えるという社内新規事業立ち上げの公募である。

迷わず立候補し、事業立ち上げにかかわることが出来た。

水を得た魚のように、毎日、全力疾走で企画提案から新規営業まで出来ることはどんどん取り組んだ。

がむしゃらに取り組んだが、3年経っても事業を黒字転換に結び付けることができなかった上に、東南アジアの農村で雇用を創出するという野望からも遠くかけ離れたところにいた。

次の転機はちょうど2年前、28歳を経て退職する覚悟で、上司に正直な想いを告げた。

「東南アジアの農村で雇用を創出するためにカンボジアNGOへ転職を考えています」

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上司はから人生に対する考えが浅はかすぎると猛反対を食らう。

親からも同様に「甘すぎる」という厳しい言葉をもらった。

 

そのとき、ちょうど所属していた会社ではベトナム事業の新規立ち上げがあったため、その上司から「ベトナムの事業立ち上げを主導しないか?」という有難い言葉をもらった。

東南アジアの農村で雇用を創出できるのか? という疑問はあったが、会社を辞めずに挑戦できることに魅力を感じ、会社に残りベトナムの事業立ち上げに従事する意思決定を下した。

ベトナムの商習慣はもちろんのこと、税制や物流が全く分からず、日々、暗闇の中を手探りで進むような仕事であった。

がむしゃらに働いたものの、自分の人生も同様に、暗闇の中を希望という松明(たいまつ)だけを頼りに進んでいる状況であり、日の目を見ることなく半年後には退職を決意した。

 

20代最後の転機は29歳目前のときであった。

「次こそは農村で雇用を創出する仕事をする」

そんな強い野望を胸に転職活動を始めた。

 

しかし、まだお前には早いと言わんばかりに、大きな課題にぶち当たる。

それは「お金」である。

20歳で出会ったタイの農村での生活ではお金は最低限さえあれば良い。

お金よりも人とのつながりが大事という言葉をモットーにNGOで活動していたはずであった。

しかし、私にとって「お金」へのコンプレックスはあまりにも大きいものであったことに改めて気付いたのが29歳目前のタイミングであった。

「お金」という自分にとっての課題に立ち向かうべく、やりたいことよりも、給料が高いという軸を優先し、1年前から外資系IT企業で働くこととなる。

今なお、やりたいこととは大きくかけ離れた、毎日残業続きで、ある意味で体力勝負の仕事に従事している。

そんな中、20代という一番重要と言われる10年間を終えることとなった。

 

「things you can do for work,for love, for your happiness, maybe even for the world.」

 

「10957日」の3分の1を占める、大事な時期はどう過ごせたのだろうか?

 

もちろん、今のところ、この10年間の成果は全く分からない。

その結果を知るのはまだ先かもしれない。

もしかして、結果を知ることもなく、あっけなく人生を終えるかもしれない。

10957……とっても中途半端な数字であるが、改めて考えさせられるものが自分の中にあった。

 

今回は、少し長くなり、自分本位の文章ではありましたが、読んでくださった方に何か気付きがあれば幸いです。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。