農情人:食と農の現地情報を発信

農村に訪れたときの体験記や食・農業について綴る

【第3弾】カンボジアの農村 失われた発酵食品

2019年3月7日~3月11日 「食べる」をテーマにしたツアーを開催!

「美味しいものを思う存分食べる!」をテーマに、コンポントム州のとある村に滞在して、時間をかけて美味しい食べ物を調達して料理して食べるツアーを実施予定!

 

今回は第3弾として、私も参加予定のツアー内容をイメージしやすくするため、前回、ホームステイした際の生活を綴りたいと思う。

前回の続きとなるが、シェムリアップ州からコンポントム州に到着するまでは、想像を絶するハプニングに見舞われたが、目的地のホームステイ先までは問題なく到着出来た。
シェムリアップ州を出発したのは朝の7時であったが、道の途中で昼食やお寺巡りなどを挟んだため、到着したのは夕方4時過ぎであった。

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お寺


今回は世界遺産のサンボー・プレイ・クックが近くにある村の村長さんのお宅でホームステイさせて頂いた。
到着してすぐに、手作りのカンボジアちまきを振る舞って頂いた。

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ノム オンソーム(カンボジアちまき)

ちまきは2種類(バナナ入りと豚肉入り)あり、両方を堪能した。
夕食までは時間があったため、村長さんのボートに乗せてもらい4人で力を合わせてオールを漕いで湖を周遊した。
普段は寡黙の村長さんも周遊中はとても饒舌で、村のあるべき姿や昔の話を聞けた。
これから村は近代化の波に乗り、さらに発展していくであろうが、村長さんとしては自然との調和をモットーとして、森は守りながらサイやゾウなど、自然に生きる動物と共存する村づくりを目指しているそうである。
(そんな村長さんは、普段は家ではなく林の近くにある小屋でニワトリと共に寝泊まりしている。自然との調和を体現した生活である)

湖の周遊が終わり、夕食は新鮮な野菜や魚がふんだんに使われた贅沢な夕食を堪能した。

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夕食の様子

 

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料理


とても静かで明かりも少ないため星がとてもきれいで蛍も近で見ることが出来た。
長い間、東京に住んでいたために星や蛍の奇麗さを忘れていた。
村でのホームステイを通して自然に生きているという感覚が鈍っていたように感じた。
(そもそも、自分がホモサピエンスという動物の1種であることも忘れていたのかもしれない。笑)

そんな中、村長や村長のお婿さんとビールを飲みながら話す中で気になる話を聞いた。

それは、日本や欧米のような先進国だけでなく、このカンボジアの農村においても、便利で簡単で安価な非自然的な食の生産方法に切り替わっているという事実だ。
例えば、醤油の製造については、昔は半年から1年以上の期間をかけて発酵させて、微生物の力を借りていた。
しかし、手間暇かけると時間がかかり過ぎるのはもちろんのこと、必要な原料や人手など製造コストがどうしても高くなる。
そのため、醤油の製造には化学の力で抽出したアミノ酸液を加えて、製造期間を大幅に短縮可能とする技術が広く使われるようになっている。
その結果、麹を使用する食品の生産者が減っていき、多くの村人が化学品の力に頼るようになり、昔ながらの食づくりに取り組む方がとても少ない。
とは言っても、自然に恵まれる農村だけあって、まだ、引き返すことは不可能ではないとのこと。
村長さんのお宅でも麹菌を使った食品やお酒の生産はまだ可能であり、それは言葉では表現しきれない美味しさである。
やはり、時間をかけて自然の力を借りた食べものほど贅沢で美味しいものは無いのかもしれない。
日本でもそういった食べものを口にするのは本当に難しいかもしれない。
「食べる」ことは、人間誰しも、毎日、意識してもしなくても行っているが、たまには意識的にこだわることが幸せに繋がる可能性を感じた。
そんな考えや体験をするために、カンボジアの農村で食材の調達、時間をかけて食事作り、旅の仲間と食べることを目一杯楽しみながら、日々の「食べる」やこれからの「食べる」を考えるツアーを予定している。
日々、忙しい中で、食と向き合う機会がなかなか無いという方も、世界遺産や自然に恵まれた農村で、「食べる」を考えることはこれからの生き方を見直すことにも役立つであろう。

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村長さんの家